紅茶の国・スリランカへ!日本と深い絆でつながる島国の物語

ドバイを後にし今回やってきたのは、インド洋に浮かぶ真珠・スリランカ。
インドの南に位置する島国で、面積はなんと北海道の約8割ほど。小さいながらも、歴史も文化もぎゅっと詰まった魅力的な国なんです。
実は日本との繋がりもある国で、それを知ってから来てみたかった国の1つでした。
今回は歴史のお話でも。
スリランカのちょっと不思議な歴史
スリランカは、ポルトガル、オランダ、イギリスといったヨーロッパ列強の支配を受けてきました。
そして1948年、イギリス連邦内の自治領「セイロン」として独立。
1972年に完全独立を果たし「スリランカ共和国」に、さらに1978年には今の国名「スリランカ民主社会主義共和国」となりました。
紅茶だけじゃない!スリランカと日本の意外なつながり

「セイロンティー」といえば、紅茶好きなら誰でも知っているブランド。
実は日本で売られている紅茶の多くはスリランカ産なんです。あの午後の紅茶もスリランカの茶葉を使用しています。
関係は紅茶だけではありません。実は、日本と正式に外交を結んだ国のひとつがスリランカなのです。
日本を救ったスリランカ代表の演説
時は第二次世界大戦後。日本は敗戦し、分割統治の危機にありました。
そんな中、1951年に開かれた「サンフランシスコ講和会議」で、日本を救ってくれたのがスリランカ代表のジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ氏。
スリランカも日本からの攻撃で天然ゴムの被害を受けています。なのに彼は各国に伝えられた仏教の共通の文化を見つけ、日本も仏教の教えに従っていこうとしている
気持ちを感じてくれました。
彼は日本を責めるどころか、「憎しみは憎しみによって止むことはない。慈しみによってのみ止む」という仏教の言葉を信じているので、日本の自由を制限すべきという意見には賛成できない。と、日本の独立を擁護したのです。
この言葉が、世界の心を動かし、日本は再び独立の道を歩み出すことができました。
※ジャヤワルダナ氏は、後にスリランカの大統領になっています。
もしも分割統治になっていたら
北海道、東北…ソ連
関東、沖縄…アメリカ
中部、関西…アメリカと中国の共同統治
四国…中国
中国、九州…イギリス
実際に今は統一されましたがドイツは東西に分割されていた時期もありますし、朝鮮も南北に分割されています。
もしも日本が4分割されていたらどうなっていたことでしょう。
少年ジャヤワルダナと日本の縁
実はこのジャヤワルダナ氏、子どものころに日本と出会っていたんです。
1921年、日本の巡洋艦「香取」がスリランカ(当時セイロン)を訪れたとき、皇太子だった昭和天皇が乗艦していました。
その姿を一目見ようと港に駆けつけた少年の中に、若きジャヤワルダナがいたのです。
日本の皇太子がアジアの仲間として堂々と訪れたことが、「いつか自分たちも独立を」という希望をスリランカの人々に与えたのだとか。
そして時を経て、彼自身が日本の独立を助ける演説を行う。まるで映画のようなエピソードです。
紅茶の国にコーヒーが帰ってくる?

ところで、今でこそスリランカといえば紅茶ですが、実はもともとコーヒーの産地だったらしいのです。19世紀にコーヒーの木が病気で全滅してしまい、そこから紅茶のプランテーションが広まったと言われています。
ところが今、再びスリランカのコーヒーを復活させよう!という動きが起きています。しかもそのプロジェクトを支えているのは、なんと日本人。
歴史のめぐり合わせを感じますね。かつてスリランカが日本を助け、今度は日本がスリランカのコーヒーを救おうとしている。とてもロマンのある話です。
遠くて近い国、スリランカ
紅茶、仏教、そして人のつながり。スリランカと日本の関係は、思っているよりもずっと深いものでした。
旅行先としても、文化を知る上でも、とても魅力的な国だと思います。次の旅の候補に、ぜひスリランカを入れてみてくださいね。
•スリランカの紅茶ブランドで有名なのは「ディルマ」や「バシラ」
•日本とスリランカの国交樹立は1952年
•コロンボの街では日本車がたくさん走ってる!
次回はスリランカ旅の話でも











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